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松山地方裁判所西条支部 昭和51年(わ)143号 判決

主文

被告人を罰金四万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(弁護士法第七二条と司法書士法第一条との関係)

第一、一弁護士法第七二条は、弁護士でない者は報酬を得る目的で一般の法律事件に関する法律事務を取り扱うことを業とすることはできない旨規定し、同法第七七条に罰則を設ける。右は、弁護士は基本的人権の擁護と社会的正義の実現を使命とし、ひろく法律事務を行なうことをその職務とするものであつて、そのために弁護士法には厳格な資格要件が設けられ、且つその職務の誠実適正な遂行のため必要な規律に服すべきものとされるなど諸般の措置が講ぜられているのであるが、世上にはこのような資格もなく、なんらの規律にも服しない者が、みずからの利益のためみだりに他人の法律事件に介入することを業とするような例もないではなく、これを放置するときは、当事者その他の関係人らの利益をそこね法律生活の公正かつ円滑ないとなみを妨げ、ひいては法律秩序を害することになるので、かかる行為を禁止するために設けられたものである。

二、而して、弁護士法第三条第一項は、弁護士は、当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱によつて、訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件に関する行為その他一般の法律事務を行うことを職務とすると規定する。

即ち、弁護士は依頼者より法律事件について委任を受け、民事々件についていてば民事訴訟法第七九条により当事者の訴訟代理人となり、訴提起に始まり、準備書面の提出並びにこれらの陳述、証拠の申出等法廷における訴訟行為や証人尋問の実施等の法廷活動の他、同法第八一条所定の権限が与えられ、刑事々件についていえば、刑事訴訟法第三一条により被告人の弁護人となり証拠調の請求、異議の申立等被告人のなしうる訴訟行為を代つてする代理権、被告人との接見交通権、証拠の閲覧謄写等包括的に被告人の防禦権の行使に当るものであり、その他の非訟事件等についての申立権等、広く法律事件の紛議の解決を図るものである。

第二、一、他方、司法書士とは他人の嘱託を受けて、その者が裁判所、検察庁又は法務局に提出する書類を作成することを業とする者をいう(司法書士法第一条)。

而して、司法書士は、その業務の範囲を超えて他人間の訴訟その他の事件に関与してはならない(同法第九条第二一条)。

二、尚、司法書士法施行規則第一六条は、司法書士は法令又は嘱託の趣旨に従わない書類を作成してはならない。司法書士は嘱託人の嘱託によらない書類を作成して報酬を受けてはならないと規定していたが、これは昭和四二年削除された。

第三、そこで、右弁護士業務と司法書士業務の関係が問題となる。

司法書士が作成する書類は、訴状、答弁書、告訴状、登記申請書類等、いずれをとつてみてもこれに記載される内容が法律事件に関係するものであるから、右書類作成については相当の法律的素養を有し法律知識がなければできないこと勿論である。国が司法書士法を規定して一定の資格を有する者のみを司法書士としその書類作成業務を独占的に行わせ、他の者にその業務の取扱いを禁止しているのは、結局これら国民の権利義務に至大の関係を有する書類を一定の資格を有し、相当の法律的素養のある者に国民が嘱託して作成してもらうことが国民の利益公共の福祉に合致するからである。従つて、司法書士は書類作成業務にその職務があるのであるが、他人の嘱託があつた場合に、唯単にその口述に従つて機械的に書類作成に当るのではなく、その嘱託人の目的が奈辺にあるか、書類作成を依頼することが如何なる目的を達するためであるかを、嘱託人から聴取したところに従い、その真意を把握し窮極の趣旨に合致するように法律的判断を加えて、当該の法律事件を法律的に整理し完結した書類を作成するところにその業務の意義があるのであり、そこに法的知識の涵養と品位を向上させ、適正迅速な業務の執行ができるよう努力すべく、よつて以て国民の身近な相談役的法律家として成長してゆくことが期待されるところである(因みに、司法書士法第一条の「書類を代つて作成する」旨の規定が「書類を作成する」と昭和四二年法律第六六号によつて改正され、「代つて」が削除された)。けだし、法治国家においては、国民が啓蒙され一定の法律的知識ないし常識を有していることを建前としているが、現実は個別的具体的事件について国民一般の法律的知識は全く乏しいものといわなければならず、例えば裁判所提出の書類作成を依頼するについても単に表面的機械的に事情を聴取した上では何をどのように処理して貰いたいか全く不可解なことも多いのであり、これを聴取してその意を探り、訴を提起すべきか、併せて証拠の申出をすべきか、仮差押、仮処分等の保全の措置に出るべきか、執行異議で対処するかを的確に把握し、その真意に副う書類を作成するについて法律的判断がなされるべきは当然であるからであり、このような判断を怠つて、いたずらに趣旨曖昧不明の書類を作成して裁判所に提出させることをすれば、却つて裁判所の運営に支障を来すことは明らかであり、殊に弁護士の数が比較的少い僻地ではかようにして司法書士が一般大衆のために法律問題についての市井の法律家としての役割を荷なつているといえるのである。

かように見て来れば、弁護士と司法書士はともに国民の法律生活における利益を保護し、併せて司法秩序を適正に保護し、以て法律生活における分業関係に立つものといえる。沿革的にも、明治五年八月三日太政官無号達の司法職務定制に代言人、代書人の区別がみられ、明治六年七月一七日太政官布告第二四七号の訴合文例をみれば、代書人をして裁判所に持ち込まれる多様な形態の紛争を文例に従つてこれを整理し裁判所に導入する役目を果させ、且つこれに法的評価を加えさせているのであつて、代言人が訴訟上の口頭主義を担保すべき役割を果すべき存在として性格規定されていることに比べ、代書人は書面主義を担保する役割を与えられていたのである。

而して、本人の嘱託ないし委嘱、依頼は、かたや書類の作成であり、他は法律事務を行うことの依頼であり、その内容は異なるにせよ、司法書士、弁護士の両者ともにその法律上の性質は委任された事務の処理(民法第六四三条の委任)であることには変りがなく、弁護士に対しては包括的な法律事務を取扱うことの事務処理であり、司法書士に対しては個々の書類の作成という個別的な委任事務の処理が普通であろうが、依頼の趣旨によつては司法書士に対し或る程度包括的な書類作成事務の処理という包括的なものも考えられないではなく、従つて、右両者の区別を委任事務の個数によつて区別することは出来ないものといわなければならない。

もとより、前記司法書士の期待像からすれば、右書類作成の嘱託を受けるに当つて、依頼人から法律事件について法律相談を受ける場合もあるが、これが報酬を得るのではなく、又右書類作成嘱託の目的に反しない限り司法書士がその有する法律知識を活用して法律相談に応ずることは何ら差支えなく、弁護士法第七二条の規定は何も国民を法律的に無知蒙昧、即ちこれを法律的につんぼさじきに置こうとするものではない。

然しながら、右書類作成の域を超えて他人間の法律的紛争に立ち入つて書類作成に関係のないことまで法律事務を取扱うことは司法書士の業務に反し弁護士法第七二条に背反する場合も出てくるものといわなければならない。そこで、同条の解釈をする。

同条に所謂法律事件とは広く法律上の権利義務に関し争があり、疑義があり、または新たな権利義務関係の発生する条件を指し、法律事務を取扱うとはこのような法律事件についてその紛議の解決を図ることを謂い、鑑定、代理、仲裁、和解等がその例として設けられている。鑑定とは法律上の専門的知識に基いて具体的な事案に関して判断を下し、代理とは本人に代わり本人の名において案件の処理にあたり、仲裁とは自らの判断による解決案を以て本人を納得させ紛議を解決し、和解とは自らの判断による説得を以て本人の紛議の解決を助成することを謂う。従つて、このことから法律事件紛議の解決は自らの意志決定によつて法律事件に参与し、右のような手段方法を以て自らの判断で事件の解決を図ろうとすることを謂うと解され、又それは報酬を得る目的を以て業とすることを必要とするが、現実にこれを得たと否とを問わない(そうすると、司法書士法第九条第二一条は訴訟を為す目的を以て他人の権利を信託的に譲渡を受けるとか、自己が代表者である会社に他人の権利を譲渡させるとか、司法書士が右弁護士法第七二条以外の態様によつて他人間の訴訟に関与することをいうと解される)。

このように、司法書士が右法律相談に応じることはできるにせよ、法律事件の解決はその委任を受けた弁護士の他は、専ら右事件の紛争主体である依頼人自身が自らの判断でこれを決すべきところであり、司法書士がたとい依頼人の委任を受けたところでこれをさしおいて自らの判断で事の処理に当ることはその職務に反し到底許されるところではない。

従つて、被告人の所為が弁護士法第七二条に違反するかどうかは、被告人のしたことが、右書類作成嘱託の窮極の趣旨を外れ、職制上与えられた権限の範囲を踰越し自らの意志決定により自己の判断を以て法律事件の紛議の解決を図ろうとしたものであるかどうかによつて判断すべきもの、即ち、右の権限踰越か否かが区別の本質的基準と考えられるのである。弁護士、司法書士ともその与えられた職務についてはこれを業とし報酬を得るものであり、又営利性も業務性も司法書士がその職制の範囲を踰越したことを前提としてその事項につきこれが営利を目的とし業とした時に問題となるものであるから、いずれも弁護士法第七二条の本質的基準となし難い。

以下、以上の基準に従つて判断する。

(罪となるべき事実)

被告人は、司法書士であつて弁護士ではなく、かつ法定の除外事由もないのに報酬を得る目的をもつて、昭和四七年二月ごろから昭和五〇年八月中旬ごろまでの間、業として、

一、昭和四八年五月二〇日ごろ、愛媛県新居浜市高木町三番二四号の自宅において、河端俊春から同人が高橋浦助に盆栽を横領された件の交渉解決方を依頼されてこれを引受け、自ら右高橋と示談交渉の任に当り同月二六日ごろ、右自宅において右横領による弁償金額を金一〇〇万円とし、内金二〇万円を昭和四八年五月二九日、残金八〇万円については同年六月から九月まで金五万円宛を支払う、その担保として高橋浦助所有の苗田に植栽してある五葉松約一九八平方米(約二畝分)について質権を設定するなど取り決め(昭和五一年押第四〇号の三の一)、

これを右河端俊春及び高橋浦助に承知せしめ、

二、昭和四九年三月初旬ごろ、右被告人自宅において株式会社サンテツクス代表取締役の田窪正義から、同会社が三億余円の負債を生じて経営危機に直面し、金融機関に抵当権等を設定している右会社工場機械等の担保物件が競売されるおそれがあつたのでその延期方策を懇請されてこれを引受け、その方便として司法書士の業務の範囲を越え、いずれも同会社の代理人となり、昭和四九年四月九日同会社の営業権を桧垣一夫に譲渡する旨の契約を同人と締結し、又同年三月一〇日矢野実との間に右同趣旨の契約を締結し、且つ同年四月九日同会社に対する矢野実の債権の一部に右営業譲渡金を充て、併せて残債権の履行の担保として同会社所有の機械器具等の物件に質権を設定する旨の契約を締結した他、田窪正義個人が所有する器具等の物件を右矢野実の債権の代物弁済とし同時に寄託を受ける旨の契約を締結し、以上の各契約について公正証書作成権限の委任を受けてこれら各契約の公正証書を作成して(昭和五一年押第四〇号の八の一ないし三、同号の一〇の一ないし五)、同会社物件の競売延期を画策し、

三、昭和五〇年二月四日ごろ、右被告人方において藤井アヤ子から同人が千数百万円の債権債務の処理に困惑しその処理を依頼されてこれを引受け、(一)同月一七日ごろ右被告人方においてかねて右藤井から預りおいた野村伊勢治振出の額面金二〇〇万円の約束手形(昭和五一年押第四〇号の一七号)について、野村一三から右手形は夫の野村伊勢治に内密に自分が振出したものであるから銀行へ取立に廻さないで欲しい旨懇請され、その手形金債権及びその支払請求については疑義があるのに、敢えて右野村一三に対し右手形金内金八〇万円の支払方を請求した他、(二)同年八月一五日ごろ同所においてかねて右藤井から預りおいた月岡聡振出の各額面金一〇〇万円の約束手形五通について、月岡恵美子から右各手形は夫の月岡聡に内密に自分が振出したものであるから返して欲しい旨懇請され、その手形金債権及びその支払請求については疑義があるのに、敢えて右月岡恵美子に対し右手形金内金三〇〇万円支払方を請求し、内金一〇〇万円の支払を受け、残金二〇〇万円については昭和五〇年八月二二日とする支払期日を同年一〇月二二日及び同年一一月二二日と訂正して支払を確約する旨の覚書(昭和五一年押第四〇号の七)を作成させ、以て法律事務を取扱つたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(一部事実が罪とならないことについて)

第一、一、(一) 本件公訴事実中二の事実の要旨は、「被告人は昭和四八年一〇月末ごろ、被告人自宅において、西原義男がオークラ製紙株式会社から通行権の確認を求める民事訴訟を三通簡易裁判所に提起され、右通行権の存否を争つて応訴するにつき、その指導等を依頼されて引受け、そのころから右事件終結に至る昭和五一年一月ごろまでの間、通行権に関する法律知識に基き、反証、資料の蒐集及び訴訟関係書類の起案作成と訴訟維持の指導等をして法律事務を取り扱つた」というにある。

(二) なるほど、押収してある昭和五一年押第四〇号の一二の一ないし七、西原義男の司法警察員に対する供述調書、被告人の検察官(昭和五一年六月二九日付六枚分)及び司法警察員(同年同月一四日付)に対する各供述調書によれば、被告人が西原義男からオークラ製紙株式会社との通行権確認訴訟の応訴につき指導を依頼されてこれを引受け、訴訟関係書類、即ち、西原義男作成名義の答弁書並に抗弁書一通(昭和五一年押第四〇号の一二の一)、同伊予三島簡易裁判所昭和四八年(ワ)第七四号事件準備書面一通(同号の一二の二)、同上申書一通(同号の一二の三)、同控訴状二通(同号の一二の四)同松山地方裁判所昭和四九年(レ)第四一号事件準備書面一通(同号の一二の五)、同松山地方裁判所昭和四九年(レ)第四一、第二七号事件準備書面一通(同号の一二の六)、同調停申立書一通(同号の一二の七)等を起案作成したこと、並びに西原義男から謝礼として金三五万円を被告人が受領したことはこれを認めることができる。

二、(一) 本件公訴事実中西の事実の要旨は、「被告人は昭和四七年一一月ごろ、被告人自宅において、高岡貞好から同人の所属する麻電化企業協同組合代表理事の矢野岩雄が同組合の資金数百万円を不正使用している疑いがあるので、その事実調査と解決を依頼されてこれを引受け、そのころから昭和五〇年五月ごろまでの間に、右組合の帳簿の検討、関係者の面接調査、矢野岩雄との交渉、告訴状の起案作成、右横領による損害賠償金請求の民事訴訟の提起と訴訟維持の指導等の法律事務を取り扱つた」というのである。

(二) なるほど、押収してある昭和五一年押第四〇号の一四、一五の一ないし三、高岡貞好の司法警察員に対する供述調書、被告人の検察官(昭和五一年六月二八日付。七枚分)及び司法警察員(同年六月一七日付)に対する各供述調書によると、右(一)の事実、殊に被告人が高岡貞好作成名義の告訴状一通(昭和五一年押第四〇号の一四)、同訴状一通(同号の一五の一)、同証拠申立書五枚一綴(同号の一五の三)を起案作成したこと、高岡貞好から被告人が謝礼として約金五四万円を受領したことはこれを認めることができる。

然しながら、被告人が矢野岩雄と交渉したことを認めるに足りる証拠はない。

三、(一) 本件公訴事実中六の事実の要旨は、「被告人は昭和五一年四月ごろ、被告人自宅において、萩本貞雄から同人の妻萩本嘉寿夫がかねて交通事故により受傷したことを原因とし、近江新一ほか一名を相手に損害賠償請求訴訟の提起と訴訟維持の指導方を依頼されてこれを引受け、そのころから過失の有無、程度、請求金額の算定などにつき事実調査をしたうえ、訴状を起案作成して萩本嘉寿美名義をもつて松山地方裁判所四条支部に提訴するなどの法律事務を取り扱つた」というのである。

(二) なるほど、押収してある昭和五一年押第四〇号の四、萩太貞雄の司法警察員に対する供述調書、被告人の検察官(昭和五一年六月二九日付。七枚分)及び司法警察員(同年同月一五日付)に対する各供述調書によると、右(一)の事実、殊に被告人が萩本嘉寿美作成名義の訴状(昭和五一年押第四〇号の四)を起案作成したこと、萩本貞雄から被告人が謝礼として約金四〇万円を受領したことはこれを認めることができる。

四、(一) 本件公訴事実中七の事実の要旨は、「被告人は昭和五〇年九月下旬ごろ、被告人自宅において、金本忠雄から山村紀子の市川民夫に対する婚約破棄を理由とする慰藉料請求訴訟の提起と訴訟処理を依頼されてこれを引受け、そのころ山村紀子及び市川民夫間の交際の状況等の事情を聴取して慰藉料額を算出し訴状を起案作成したうえ、右金本ら名義をもつて松山地方裁判所西条支部にこれを提起し、右金本に対し訴訟の維持などの指導をして法律事務を取り扱つた」というのである。

(二) なるほど、金本忠雄の司法警察員に対する供述調書、被告人の検察官(昭和五一年六月二九日付。六枚分)及び司法警察員(同年同月一六日付)に対する各供述調書によると、右(一)の事実はこれを認めることができる。

第二、然しながら、右第一項一ないし四の各(二)に掲げた訴訟関係書類はいずれも裁判所に提出する書面であり、同項二(二)の告訴状は検察庁に提出する書面であり、いずれも司法書士の作成することのできる書面である(司法書士法第一条)。

のみならず、民事訴訟は判決確定に至るまではその訴訟物たる権利関係の存否が確定し解決されるものではなく、又民事訴訟は通常複雑錯綜する権利関係がその目的となつているのであるから、右関係書類の起案作成の為には事実の調査、資料の蒐集等をしなければならないことは必定であり、又訴訟の端緒となるにすぎない訴状の起案作成のみであれば、嘱託した依頼人の窮極の目的は充分に達成されない場合が多いこと勿論であり、司法書士が依頼人から事情を聴聞しその後の準備書面、証拠の申出等の書類の起案作成の必要を感じるのは当然の成り行きである。従つて、依頼人の嘱託によつて司法書士の作成すべき書類は本来は一種毎であり、その受ける手数料はその枚数に応じてのものであることが原則であろうし、これを超えて右訴訟の見通しから数種数通の書面を起案作成したことが依頼人の嘱託の趣旨に反する場合があり得るけれども、反面数種数通の書面の起案作成が依頼人の窮極の嘱託の趣旨に合致する場合もないではなく、仮りに、右のことが依頼者の嘱託を受けないものであつたとしても、これは司法書士法第九条第二一条に背反するか、又は同法第一二条の懲戒処分の対象となることはあつても、このことが直ちに弁護士法第七二条に違反するものとはいい難い。蓋し、同条に謂う法律事務を取り扱うとは前記のとおり自らの意志決定によつて他人間の法律事件に参与し、鑑定、代理、仲裁、和解等自らの判断で事件の解決を図ろうとすることを意味するが、単なる右訴訟関係書類の起案作成文では紛争の問題解決には当らず、それは裁判所の判断という後日に残された問題であるからである。

更に、訴訟の見通しについても或る程度法律知識を有する司法書士が書類作成の依頼者の相談にのり、これを説明してその訴訟主体となるべき依頼者の不安を除去しこれを啓蒙する事は、右書類作成に附随する当然の措置であり、これ又右にいう自ら他人間の法律事件である紛争に介入してこれが解決を図ることには該当しないといわなければならない。

又、司法書士の報酬に関する規定に反する報酬を得たとしても、右に述べたと同様の理由から懲戒処分の対象となるにすぎないというべきものである。

以上のように、本件公訴事実二、四、六、七、の事実については、反証、資料の蒐集、告訴状の起案作成、民事訴訟関係書類の起案作成、帳簿の検討、関係者の面接調査、訴訟維持の指導等の概念は司法書士のなしうる業務の範囲にあり弁護士法第七二条に所謂法律事件について法律事務を取り扱つたという要件には該当せず、罪とならないものであるが、同条は業として為すことをその要件とする営業犯であるから、右の各事実はその余の公訴事実の記載と相俟つて包括一罪の一部を構成するものであり、従つてこの分について主文に無罪の言渡をする必要をみない。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は本件公訴事実一については昭和五一年五月二七日の経過により公訴時効が完成したので免訴の言渡をすべきであると主張する。

然しながら、弁護士法第七二条は業としてなすことを要する営業犯であつて、同一人が或る期間数個の法律事件について法律事務を取り扱つたとしても、一個の反覆継続する意思のもとにこれを行う限り包括して一罪とすべく、右包括一罪の公訴時効は右の罪を構成する最後の行為の終了時よりこれを起算すべきであるから、前記罪となるべき事実三の行為終了時よりこれを計算すべく、そうすると刑事訴訟法第二五〇条第五号の公訴時効は未だ完成していないということになる。

(法令の適用)

被告人の判示罪となるべき事実欄記載の所為は包括して弁護士法第七二条第七七条に該当するところ、所定刑中罰金刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を罰金四万円に処し、刑法第一八条により被告人が罰金を完納できないときは金二、〇〇〇円を一日に換算した期間労役場に留置することとする。

(宗哲朗)

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